教育全般

2008年7月7日

著者の考え方や経験を学ぼう

言葉

英語の勉強も楽しいものですが(できなかったら悔しいもんですけれども)
我々のような英語の専門家になると、英語以外の勉強が楽しいものです。

大学の先生のように英語を深く勉強するのも大事なんですが、しかしまぁ
そういうのは大学の先生にお任せして、僕はもっと広い勉強もしてみたい。

というわけで、最近は教育関係の本を貪り読んでいる木村です。

渡邊美樹さんや尾木直樹さんのように教育に携わっていらっしゃる方々の
本だけでなく、童門冬二さんや村上春樹さんの本なども参考になります。

また福田誠治さんの本は、フィンランドやカナダの教育のしくみがわかるし
原田隆史さんの本は参考になるというよりむしろ、やる気が出ますね。

さらに教育は常に社会とともに変化しますので、ダイヤモンド社であるとか、
プレジデント社であるとかから出ている本で、社会や経済を勉強します。

英語はEnglish Expressを読んだりAERA ENGLISHを読んだりしながら、
受験用の勉強よりニュースやインタビューを楽しんで読んでいます。

あんまり大声でトレーニングをしてるって胸を張って言えるほどやってない。
これはチームキムタツの先生方のほうがずっと上かもしれません。

しかしいろんな本を読みながら、守備範囲を広げることも大事なんじゃない?
と思っているので、英語に特化せずに読書をしています。

この前、少し速読の話をしました。

たとえば目の前に中島孝志さんの本があるのですが、ページ数が189頁。
だいたいこのぐらいの新書だと1時間から1時間半で読めます。

山田真哉さんの『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は新神戸駅で買って
品川駅に着くまでに読破・・・途中でうたた寝したのでギリギリでしたが。

今少し保護者の皆さんのために本を書いているのですが、子どもたちを
正しい方向に導くために大事なことって何かなと考えているのですね。

そうすると自分の独善的な思考に陥ることなく、いろんな方々の話を聞いて
あるいはいろんな経験を通じて、自分の視野を広げることが大事なのかなと。

でも子どもたちにとって「いろんな方々の話を聞く」とか「いろんな経験をする」
とかいうのは、かなり難しいことでもあります。

本を読むという行為は、書いた人たちの経験について、数百円から数千円
という、恐ろしく安い値段で勉強させてもらうということです。

または作者が何年も何十年もかけて身につけた方法を、恐ろしく短い時間で
教えてもらうということなのですね。

そういったことを考えていると「果たして自分はどうなのかな?」という思考に
陥りました。英語は確かに多少はできますが、それ以外は・・・。

子どもたちに「広い視野を持つためにいろんな本を読もう!」なんて声高に
言ってるにも関わらず、自分ができていなかったらダメですよね。

そんなわけで教育全般の勉強と称して(笑)、歴史の本や経済の本なんかを
「へぇ~、そうなんやなぁ」と面白がりながら読んでおります。

こういうときに「若い時に速読の勉強をしといてよかったな」と思っております。

もっと本を読みたいなと思われる方は愛のクリックを!
  ↓  ↓  ↓
人気ブログランキングへ!

(追記)僕の横に座ってる、日本史のM先生は僕に負けないぐらいの
     読書家です。若いのになかなかよくやる。

 

 

2008年7月2日

学校は生徒が主役

共愛

群馬の共愛学園で撮ってきたこの写真にかなり癒されてる変な木村です。
こういう貼り紙って普通は学校の先生が書いて貼るものです。

生徒会の子らが自分で書いて貼ってるところがいいよね。

以前何期生やったかな、灘に来てから高3の教室を覗いたら教室の前に
貼り紙がしてありましてね。ちょうどセンター試験前やったと思います。

高3の教室なので「東大○人!」とか「センター試験まであと何日!」とか
そういう受験の類かと思いますでしょう?

 

風邪ひかないようにするために、教室に最初に来た人は寒いけど窓を
開けて、換気をよくしてください。みんながんばろう!

 

と、生徒の字で書かれてありましてね。僕は当時、新人だったのですが、
教師ではなく生徒たちが自主的にそういうのをしてることに驚いたものです。

最近は各学校が凄く受験に対して熱心になり、ややもすれば過保護では?
と思えるほど、サービス過剰に陥ることも多いように聞きます。

勉強に関して、教員が前に立って引っ張ることは大事だとは思いますが、
しかしやはり生徒たちが自主的に何かする部分は残しておくことですね。

僕は灘が好きですが、それは灘校新聞の発行も、体育祭や文化祭等の
運営なんかも、全てが生徒主体で行われているということです。

教員たちはむしろサブで、全く関わらない先生もいらっしゃる。

そりゃ失敗すれば大変ですが、それも灘らしくていいやんという部分が
大好きなのです。失敗から学べることだってたくさんありますからね。

学校の主役は生徒たちです。生徒たちが主体性を持って、学校運営に
もっと関われる学校が出てくればいいなと願っています。

それを暖かく見守る教師集団の存在は不可欠です。
しかし、しゃしゃり出るのではなく、あくまでも見守る存在であるべきかと。

僕は学校って勉強にしても部活動にしても、そういう生徒主体の学校が
理想的じゃないかなぁと、現時点では考えております。

その意味で先生が生徒たちを押さえつけるのはちょっと・・・ですね。

先生は先生で自分の夢を追いかけて、生徒たちが「あんな人間になりたい」
と思えるような大人のモデルになることが大事なのです。

言うまでもなく受験のテクニックその他を教えることも大事なんですけど、
それだけではあまりにも薄い教育の場だということになってしまいます。

うちの校長先生は何かにつけて「学校の主役は生徒たち」と言い続けて
いらっしゃるのですが、本当にそう思いますね。

逆に言えば・・・

生徒たち諸君は若いパワーを結集して、変に小さい殻に閉じこもるのでは
なくて、自分たちこそ主役なんだという意識を持って学校を作ることです。

変な権利意識を持つのではないですよ。そういう意味ではない。

「~してもいいですか」と教師に聞くのではなく「~したいので学校、何とか
協力してくれないか」なんてポジティブに前進できる生徒であってほしい。

そういうエネルギーこそが、各学校に求められているんじゃないかなぁと
思っている木村なのです。他の学校の先生方はどう思われますか?

生徒たち主体の学校であるべきだと思う方は愛のクリックを!
  ↓  ↓  ↓
人気ブログランキングへ!
 

(追記)親が子どもを育てるときも同じですね。暖かく見守ることです。

 

▲ TOP