2008年7月2日

学校は生徒が主役

共愛

群馬の共愛学園で撮ってきたこの写真にかなり癒されてる変な木村です。
こういう貼り紙って普通は学校の先生が書いて貼るものです。

生徒会の子らが自分で書いて貼ってるところがいいよね。

以前何期生やったかな、灘に来てから高3の教室を覗いたら教室の前に
貼り紙がしてありましてね。ちょうどセンター試験前やったと思います。

高3の教室なので「東大○人!」とか「センター試験まであと何日!」とか
そういう受験の類かと思いますでしょう?

 

風邪ひかないようにするために、教室に最初に来た人は寒いけど窓を
開けて、換気をよくしてください。みんながんばろう!

 

と、生徒の字で書かれてありましてね。僕は当時、新人だったのですが、
教師ではなく生徒たちが自主的にそういうのをしてることに驚いたものです。

最近は各学校が凄く受験に対して熱心になり、ややもすれば過保護では?
と思えるほど、サービス過剰に陥ることも多いように聞きます。

勉強に関して、教員が前に立って引っ張ることは大事だとは思いますが、
しかしやはり生徒たちが自主的に何かする部分は残しておくことですね。

僕は灘が好きですが、それは灘校新聞の発行も、体育祭や文化祭等の
運営なんかも、全てが生徒主体で行われているということです。

教員たちはむしろサブで、全く関わらない先生もいらっしゃる。

そりゃ失敗すれば大変ですが、それも灘らしくていいやんという部分が
大好きなのです。失敗から学べることだってたくさんありますからね。

学校の主役は生徒たちです。生徒たちが主体性を持って、学校運営に
もっと関われる学校が出てくればいいなと願っています。

それを暖かく見守る教師集団の存在は不可欠です。
しかし、しゃしゃり出るのではなく、あくまでも見守る存在であるべきかと。

僕は学校って勉強にしても部活動にしても、そういう生徒主体の学校が
理想的じゃないかなぁと、現時点では考えております。

その意味で先生が生徒たちを押さえつけるのはちょっと・・・ですね。

先生は先生で自分の夢を追いかけて、生徒たちが「あんな人間になりたい」
と思えるような大人のモデルになることが大事なのです。

言うまでもなく受験のテクニックその他を教えることも大事なんですけど、
それだけではあまりにも薄い教育の場だということになってしまいます。

うちの校長先生は何かにつけて「学校の主役は生徒たち」と言い続けて
いらっしゃるのですが、本当にそう思いますね。

逆に言えば・・・

生徒たち諸君は若いパワーを結集して、変に小さい殻に閉じこもるのでは
なくて、自分たちこそ主役なんだという意識を持って学校を作ることです。

変な権利意識を持つのではないですよ。そういう意味ではない。

「~してもいいですか」と教師に聞くのではなく「~したいので学校、何とか
協力してくれないか」なんてポジティブに前進できる生徒であってほしい。

そういうエネルギーこそが、各学校に求められているんじゃないかなぁと
思っている木村なのです。他の学校の先生方はどう思われますか?

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(追記)親が子どもを育てるときも同じですね。暖かく見守ることです。

 

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Comments

うちの学校も学年旅行から部活から運動会から文化祭まで全て生徒主導です。これらの管理委員会も全て生徒主導です。先生は顧問をしてるだけですね。特に運動会は8色あって、高3の1つのクラスが5分割(中1担当〜高2担当)して同じ色の後輩を4月から5月まで指導します。ですので運動会後後輩といわゆる「愛(笑)」が生まれたりします。(部活でもないたった一月のつきあいのに珍しいですよね)
灘もうちの学校と同様かなり自由な学校と聞いております。
やっぱり生徒主導だと生活もしやすいですし、先生方にもしっかり意見を伝えやすいですよね。

あと河内さんに尋ねれば島さんのこと分かると思います。僕の言ってる島さんは現役理です。

長文失礼いたしました。

木村先生今晩は。
>「~してもいいですか」と教師に聞くのではなく「~したいので学校、何とか協力してくれないか」なんてポジティブに前進できる生徒であってほしい。>

この部分、本当に共感しました。これ、究極の理想です。そんな学校にして行ける様に又明日も頑張ります。いつも元気を有り難うございます。

全くその通りだと思います。

>先生は先生で自分の夢を追いかけて、生徒たちが「あんな人間になりたい」
>と思えるような大人のモデルになることが大事なのです。
>言うまでもなく受験のテクニックその他を教えることも大事なんですけど、
>それだけではあまりにも薄い教育の場だということになってしまいます。

僕の理想とする教師像です。
引き出しの多い、人間的魅力溢れる先生を目指して日々奮闘中です。
先生はサポートに徹するのがベターだと、僕も思います。
今日も「うん、うん」と頷けるお話、ありがとうございます。

つい最近まで暖かく息子を見守っていたのですが、携帯のパケット料金の通知がドコモから届いてからの数日間は、久しぶりに冷たい態度をとってしまいました。6月は中間も終わって少し気がゆるんでいたのでしょうが、それにても・・・でしたので。さて、中一の期末考査、土曜日からですが、しょっぱなから「英語」ですね。(良い点が取れますように)。 とりあえず、期末考査が終わるまでは携帯はおあずけです。ちなみに、息子は4組では御座いませんのでご安心を。

初めてコメントいたします。
小学生の子どもを持つ母親です。
>失敗から学べることだってたくさんありますからね。
この言葉、とっても勇気付けられました!!
失敗を恐れていては何も出来ませんね・・・
失敗をプラスに変えれるような子どもに育って欲しいと思います。
ありがとうございました。

こんにちは
すばらしい校風と生徒さんですね
生徒の自主性にまかせ方向性を見守りながら管理する。
恋愛もロマンスと管理の相反する要素のバランスかなぁ~なんて考えちゃいました。
応援しております!

> 3点浪人さん
なるほどなるほど。まぁ生徒たちに任せられるのはそれだけ学校にそういう伝統が
深く根付いてるってことなんやろうね。在校生は学校が自由でなくならないように、
(自由の意味をはきちがえる連中が増えると校則がきつくなる)頑張ってほしいな。
 
> 田中先生
常に生徒主体やからね。そうでないといかんよ。教師が生徒を大学に入れてるわけない。
生徒たちが頑張ってるんやな。俺たちはサポートしかできない。
 
> K2先生
ついつい勘違いしてしまうケースがあるねんけど、何から何まで教員が主導してると
生徒たちは自分で動けなくなる。それじゃあ教育の意味がないよね。
 
> yoyoさん
採点がかなり終わりましたが、今回は前回のようにはいかなかったようです。
80点も取れなかった生徒たちは夏休み返上で頑張ってもらいます。
 
 

> Pさん
コメントありがとうございます。われわれ人間は失敗して初めてわかることがあります。
失敗しないように頑張るのではなく、失敗を繰り返さないように頑張ることが大事です。
子どもたちの指導もかくありたいですね。
  
> 慶應大学が・・・さん
自主性と放任教育とを勘違いする人もいると思うんですが、自主性を育てる教育って、
日本においては非常に難しいのかなと思うこともあります。
でもある程度は自主性に任せないと、いつまで経っても育たないですよね。
 

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