2008年1月17日

阪神淡路大震災と生きる意味と

kobe 

本日1月17日は神戸や淡路島の住民にとっては特別な日の1つです。
あの大地震から13年が経ちました。

先日、全国で成人式が行われましたね。今年成人した人たちは地震の
ときは小学校1年生でした。6434人の命が奪われた大地震。

人命を奪い、生活を奪う地震はその後も相次ぎ、能登半島や新潟県で
大きい地震が起こったのはご存知のとおりです。

僕はブログや本で「夢を見つけて追いかけよう」と言い続けていますが
夢だの何だのって、命あってのものだねですよね。

ただ1つ言うと、僕の知り合いがインテリア関係の仕事をしてるのですが
震災直後は箪笥などを固定する工事をする世帯が多かったそうです。

それがやはり「喉もと過ぎれば・・・」ではないですが、近頃はその依頼が
減っているそうですね。かく言う僕の家でもしておりません。

自然災害は避けようがないですが、備えはしておかないとダメですね・・・

それはそれとして、毎年1月17日にテレビなどで震災の様子が報じられ、
神戸の街がぐちゃぐちゃになった光景を目にすることができます。

僕、思うんですけどね。

こういう時こそ命について考えることが大事なんじゃないでしょうか。

普段は受験だ、仕事だ、遊びだと忙しく走り回っていて、「生きる」って
どういうことなのかよくわかっていないし考えないと思うんですよ。

僕、実は最近「生きる」ことと「死ぬ」ことって、結局は突き詰めてみれば
同じことなんやないかと思っていましてね。

人間、どう生きるかっていうことと、どう死ぬかってのは同じことなんやと、
ホント恥ずかしながら最近やっと気がつきまして。

人生の先輩諸氏から「お前、そんなことも知らんかったのか?」と謗りを
受けそうなので書かなかったんですけどね。

自分の中では「生きる」ってのはこういうことなんだなという予感というか、
結論めいたことがあって、また機会があれば書いてみたいなと思います。

いや、やめとこ。

生きる意味なんて人によって違うから面白いねんな。

でもね、そういうことって若い人たちはあまり考えないし、自分の存在が
一体どういうものなのかを深く考えることもしないのではないかと。

そんなこと考えなくても「自動的」に生きていけますからね。

だけど人間が生きるということにも、やはり意味というか意義があるし、
それをこういう機会に考えることって大事やと思うのです。

ただまぁそういうことを考えるには日頃ちゃんと本を読んで、抽象概念に
慣れておかないと、考え方さえもわからんとは思うけどな。

自分はどういう存在ですか?あなたにとって「生きる」ってのはどういうこと?
そもそも人間にとって「生きる」ことにどういう意味があるのですか?

そういうことを考えて、自分なりの結論が出た人は幸せですね。

それに従って生きていければ良いわけですから。ただし生きていくうちに
その「結論」も結論ではなかったんやなということに気がつくのでしょう。

1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大地震が発生しました。

死者6434人、重軽傷者43792人、全半壊家屋27000余棟、
消失家屋約7500棟、避難者約35万人の大惨事になりました。

僕は生きる意味を噛み締めながら、後悔のないよう生きていこうと思います。

「あの時にこう動いておくべきだった」という生き方をしたくないのですよ。
だからこれからもポジティブに、そしてアクティブに生きていこうと思います。

最後になりましたが・・・

13年前の地震でお亡くなりになった全ての方々にご冥福をお祈りいたします。

ある日突然事故や事件、災害などで命を落としても後悔しなくていい、
そんな人生を送りたいと思われる方は愛のクリックをお願いします。
 ↓  ↓  ↓
人気ブログランキングへ!

(追記)ぜひ一度、淡路島の北淡町にある震災記念館を訪れて下さい。
     活断層がそのままの形で保存されています。

   

Trackback URL

Trackbacks

Comments

 こんばんは。確か去年の4月頃に「地球を救う人間になりたい」とか、「浪人しそうだ」とか言ってた東京大学理科Ⅱ類を志望してる奴です。
 その頃は、センター模試で530点くらいしか取ることができなかったと思います。そして、その頃担任の先生から、「ここから200点以上上げるのは相当難しい」と言われたのを今でもはっきりと覚えています。あと、ある模試ではここから750点以上に上げた人は1%しかいないと表示されました。
 あれから、「俺はいくらバカだとしても、どうしても東大に行きたい!同じように成績が悪くて苦しむであろう後輩たちのためにも俺が流れを作りたい!」と心の中ではずっと思って勉強を続けてきました。成績は正直言ってそんなに上がらなかったです。僕は、鳥取県では一応3本の指に入る学校のトップクラスにいますが(といっても先生がおられる灘とか都会の進学校には全然及ばないと思います)、その平均点すら超えることができなかったです。
 今、2日後にセンター試験が迫っていますが、絶対に足切りはされたくなかったので、これに向けては冬休み前くらいから相当頑張りました。そして、今は自分の力を出し切れれば足切りは大丈夫、うまくいけば770点くらいは取れるという自信を持てるようになりました。特に、点を取りたいと思っているのは国語です。国語は相当演習してきたので、「足切りされないためには取らなければならない」という思いと同時に、「ここまでやってきたんだから、絶対にその成果を出したい!」という思いが強いです。
 ここまでやってこれたのも周りの人の支えも大きいですが、あの時叱咤激励してくれたキムタツ先生のおかげも大きいんですよ。また、キムタツ先生の出された東大英語シリーズは全冊もっていますが、あの本に出ていた先輩たちには相当励まされました。先輩たちには合格してキャンパスで会ったらほんとお礼を言わなきゃいけないと思います。今度は、僕が全国の受験生を励ましたいと思いますので、そのときはよろしくお願いしますね(笑)
 では、センター試験はとにかく今まで自分がやってきたことを信じ、自分の持てる力は全て発揮したいと思います。そして、2月25日と26日には東大の先生に今の自分をアピールしたいと思います(笑)

いよいよ明日(明後日?)は決戦の日ですね。
ぶっちゃけ、超不安で、眠れそうにないです(笑)
ここ三週間ずっと、キムタツ先生はじめ、ブログの皆さまに、励まさせていただき感謝です。
宅浪しているものなので、バイトは昨年末までしてましたが、人と交わることが少なくて…

ずっと抱いてた夢を叶える為にも、センターで足きりに遭わないように、模試の結果からは考えられない位高得点とって、行きたい大学の二次試験もPASSして、大学に行きます!
二年間もイメトレして、見続けた時計台を実際に見ます!

今からでも、やれることをやって、悔いだけは残しません!

これ書いてたら、眠れそうなので、イメトレして寝ます。

鳥取の有名人クン
それだけのやる気があるなら大丈夫。ただし東大に入ることが目的なんじゃないやろう?
東大に入って何をするのかが大事なんやで。でないと入れても入れなくても後悔することになるぞ。東大の入試が終わって真っ白な灰になるのでは先が思いやられるで。
それはそれとして勉強頑張ろう!合間を見て、大学に入ってやることを考えよう!

TAKUROU君
ほんま遅い時間にコメントくれてるけど大丈夫やったかな?眠れなくても横になっていればいいよ。結構思ってる以上に疲れは取れるしね。それに眠れないなら眠れないで、妄想に浸っていればイメトレにもなるし、それはそれでええんちゃうかな?
頑張っておいで(-^〇^-)

「自分の生きる意味と目的」とは何か?

こんにちは。はじめまして。
私は長い間、みなさんとご同様に「自分とは何か」とか「生きる意味と目的は何か」に
悩まされて、自殺願望を抱きながら死ねず、ズルズルと生きてきました。そして
遅ればせながら老境に入って漸く「自分の生きる意味と目的」の21世紀に相応しい
「事実」に基づく究極の一つの正しい答えを得ました。

そもそもこの問いは、生きていくための根源的な問いであり、その答えは生きる上での
灯台になり支えになりますので欠かせません。考える人間は常に意味を求め、無意味には
耐えられないからです。
ところでその究極の答えは、長期間の修行による意識変性を必要とする幻想の宗教や、
事実から遊離しがちな言葉遊びに陥りやすい哲学、はた又個人的体験による独り善がりに
流れやすい文学からは決して得られず、「生の事実」に基づいた探究からのみ得られる
のでした(逆行分析)。
従って、その答えは何人も否定し得ず、それ以外ではありえぬことになります。更に又、
その答えは人間の理知をこらした願望や想像力を羽ばたかせて、人生にもっともらしい
意味づけを施したものでもなく、しかも短時間で理解、納得でき、この課題に完全に
終止符を打てる答えとなります。

さて「事実」に基づく21世紀に相応しい究極の答えは、以下のようになります。

最終認識主体として「自分の宇宙」の中心に立ちながら、宇宙が賦与した(賦与してくれた)
いのちと諸能力をフルに発揮させて自分なりの花を咲かせ実を稔らせること、同時に自分が
置かれた(宇宙が置いた)場所で発生する役割をも十全に果たすことです。

更に「自分とは何か」を加えて、詳しくは→ http://www31.ocn.ne.jp/~mminoru/book.html
をご覧下さい。ここには、今までの幻想の宗教、言葉遊びの哲学、独り善がりの文学の答えを
打破した、「事実」に基づく21世紀に相応しい究極の一つの正しい答えがあります。

ご参考になれば幸いです。よろしく _(._.)_ です。

Comment





▲ TOP